(Photo: Kenji Rikitake, 大阪モノレール柴原駅,2007年10月撮影)
今年2013年の夏は,非常に厳しくてシンドイ感覚が続いている.今年6月中旬に個人的な大事件があって,それ以来あまりまともに仕事ができていない状況が続いている.昨年2012年11月からの3ヶ月間にわたった病気休職と併せて考えると,かなり厳しい状況だと言わざるを得ない.近々自分の生き方そのものを大きく変えなければいけない転機に来ていることは間違いない.これは誰かに頼っていればどうにかなるものでもないことは重々承知している.ただ,こちらの予想しないタイミングでこんな転機が来るとは思っていなかったこともあり,いささか戸惑っているのも事実だ.
もっとも,本来生きていられるのは奇跡みたいなもので,未来永劫不変の自分があるわけでもない.昨年2012年の7月末の状況と比較してみると,今の自分の周囲は大きく変わっている.それまで当たり前だと思っていた多くのものは,別のものに置き換わっている.まさか日常生活がすべてMacベースになるとは,1年前は想像していなかった.実験用機器はFreeBSDのままだし,必要に応じてWindowsやUbuntuも実機で使えるよう整備してはいるが,GUIが変わっただけでこれだけ生活が変わるとは正直言って予測も想像もつかなかった.
コンピュータの前に向かう時間は,1年前よりもはるかに長くなった.そして体のことを考えて立ち机で仕事をするようにもなった.腰のこと,脚のことを考えたら,これは必然だったかもしれない.このへんのことは,The Setupにインスパイアされた英文の記事にまとめている.
今後のことについてはいずれまた書く機会もあるだろうと思う.ここ数週間の折々の気分については,Mediumに書くことが増えた.Twitterの延長みたいな感じで使えているからかもしれない.
しばらくは時間との戦いを,瀬戸際戦略的に続けていくことになりそうだ.