2012年12月10日

今時のアマチュア無線 (1): ノイズの恐怖

(写真: by bairlyfitz at flickr: http://www.flickr.com/photos/barelyfitz/2898020303/)

このblogの記事更新も滞ってしまった。精神的にかなり疲労していたのが直接の原因である。幸い、少しずつ快復してはいるため、文章書きのリハビリを兼ねてまた書いてみたい。なにしろ「混沌」としたblogなので、Erlang/OTPの話からは離れることもあるが、その点はご容赦を。

本来コンピュータ屋であるはずの私だが、実は1975年からアマチュア無線を生涯の趣味にしている。無線局免許を取ったのは1976年。いくつかの紆余曲折を経て、2002年からは短波(HF)のモールス符号による電信(CW)がほとんどで運用している。24WPM(20bps)の低速で、かつ電離層の状況次第で通信できるかどうかが決まるという、およそレトロな代物だが、それでも電線数本のアンテナに100Wの出力で、世界各地にあいさつを交わせるのが楽しくて今でもやっている。

ところで、電子情報通信学会通信ソサイエティマガジンNo. 23にて「今時のアマチュア無線」という小特集が組まれた。さすがに公の学術学会の文章であり、あまり極端な内容の記事は載っていない。無線機の技術に関する記事が入っていたのはさすがである。しかしアマチュア無線全般の解説としてはちょっと内容に不足を感ぜざるを得ない。

というわけで、「今時のアマチュア無線」について、私見を何回かに分けて書く。

今時の電源はノイズの山

今時の文明社会で無線を楽しむ、あるいは微弱な遠距離からの電波を快適な環境で聞く上で、最大の問題となるのは、電磁雑音(ノイズ)である。今や、このノイズがあまりにも多いため、遠距離交信を行うには、特に都会では大変な苦痛が伴うということは過小評価してはならないと思う。

電子機器の多くはスイッチング電源を採用している。これは電気供給源からのエネルギーを一定時間で区切って供給することで、電圧制御を行い、相手に合わせた電圧に調整するという技術である。いわばスイッチが間断なく入ったり切れたりしているわけで、スイッチの切替の時は、一瞬ではあるが非常に大きな電流が流れ、ノイズとなって周囲の環境に影響を与える。これはコンピュータを構成する論理回路のCMOSロジックでも同様である。オーディオの「デジタルアンプ」も同様に動作する。これらは、平たくいえば電波を出しまくるため無線の環境には都合が悪い。

しかし、基本的には電圧と電流の積が一定になるように変換を行うため、効率は良い。また、スイッチング周波数を高くできるため、商用交流電源から電圧を変換するためのトランスも小さくできる。だから今のデジタル機器の電源はほぼ100%スイッチング電源になった。照明やエアコンのインバータ回路も、同じ原理で動作している。実はアマチュア無線機でさえ、電力利用効率化の側面から、スイッチング電源を使うのが当たり前になっている。

一方、スイッチング電源が普及する前は、トランジスタなどの電流制御素子を負荷に直列(シリーズ)に接続し、入出力の電圧差を察知して出力電圧を一定に保つように制御素子を動かすシリーズ電源が一般的であった。今でも三端子レギュレータなど小規模な電源ではこの方式が取られている。制御にあたってスイッチングを行わないため、ノイズは少ない。しかしこの方式の欠点は、入出力の電圧差を常に電流制御素子で吸収しなければならず、電流が増えると発熱も増えてしまうということだ。また、あらかじめ直流に近い電源を商用交流から作るためのトランスも大がかりになって重くなる。今のパソコンの電源をシリーズ電源で作ったとしたら、おそらくトランスだけで10kgは軽く超えてしまうだろう。熱の発生を考えれば、省エネの面から見ても分が悪い。非常にノイズの少ない環境を要求される分野への応用ならともかく、そうでない一般の民生機器にとっては、シリーズ電源はもはや性能が悪い旧式の電源にしか見えないだろう。

そんなわけで、世界は今やノイズの腐海である。家の中で中波放送(AMラジオ)を聞こうとしてみるとそのことがよくわかる。まず天井の蛍光灯のインバータが悪さをする。そして省エネの旗手であるLED電球や電球型蛍光灯にはそれぞれインバータが組み込まれている。夏場になればエアコンがフル稼動してそこら中に電波を撒き散らす。PCのディスプレイもノイズの山である。まあ、ブラウン管/CRTに比べれば、ノイズは減ったが。電磁調理器も、周波数は違うが、大きなノイズを空間に出しているはずである(ただし磁界が強烈なので、くれぐれもラジオを近づけたりしないように。たぶん壊れる。)

そしてタブレットやスマートフォン、携帯電話に至っては、それら自身が無線機器であるため、電波を出さないわけにはいかない。もちろん周波数はラジオ放送やアマチュア無線の周波数とは違うが、影響が全然ない、というわけにはいかないのが現実である。小型に作るため、干渉を避けるための遮蔽(シールド)も不十分である。当然ノイズに対する行政の規制はあり、これらを満たすためにフェライトコアというノイズ吸収のための部品が電源線や接続ケーブルに入っていたりするが、屋内でラジオを受信できるような環境を保証してはいない。まともにラジオを聞きたければ、中波(AM)でもFMでも、屋外、それも建物の外にアンテナを出すことが必須になってしまった(ケーブルテレビ放送の多くは、FM放送の電波も周波数変換して中継しているが)。

こんなノイズだらけの中で無線通信をするためにはどうすれば良いのか。いくつか方法を列挙してみる。アルゴリズムを使ってS/N比を上げる方法は、話が長くなりすぎるため、あえて除いてある。

  • 通信に使う電力を増やして電波を強くし、十分なS/N比を取り、ノイズに影響されないようにする。
  • 指向性アンテナを使い、実質的に通信に使う電力を増やしたのと同じ効果を得る。
  • ノイズ発生源を減らす。
  • 配線からノイズ源を出さないように、フィルタを入れたり、シールドを強化する。
  • ノイズを受信しないように、通信の使用帯域を狭める。(その代わり速度も遅くなる。)
  • ノイズを受信しないようにノイズ源からアンテナを遠ざける。

アマチュア無線の場合、何が問題になるかといえば、受信する相手の電波の強さが保証されないことになる。いや、保証されないだけでなく、できるだけ弱い電波を拾って受信できるようにしないと趣味の上でカッコ良くない、という価値観で成り立っている、といったほうがいいだろう。その意味では電波天文学に似ている。そうなると、ノイズを避ける方法には、敏感にならざるを得ない。短波の電信で通信しているというのは、ノイズを避けるためでもある。モールス符号による無線電信は、すでに100年以上が経過している古色蒼然とした通信方式ではあるが、人間が手で送信し耳で解読する身体性を維持するという条件下では、未だに最も遠距離の通信を可能にできる方法だと私は思う。コンピュータによる同期を前提とした場合はさらに条件を良くできる可能性はもちろんあるのだが。

というわけで、今時のアマチュア無線では、とにかくノイズとの戦いに明け暮れなければならないのである。これはアマチュア無線に限った話ではなく、スーパーコンピュータや超高速ネットワークを作る時も基本的原理としては同じなのだが。