2014年4月2日

2007年1月の年頭所感より

ふと思い立って,自分の2007年の年頭所感を読み返してみた.面白かったので再掲する.

6年3ヶ月経過して実現できたのは

  • 音楽活動のほぼ完全停止
  • (アマチュア)無線活動の部分的停止(基本的に10月〜3月のみとし,4月〜9月は休業)
  • 外部条件により半ば強制的にカネの稼ぎ方を考え直させられている

…ぐらいでしかない.

人間というのは,恐ろしいほど変わらないものだということを,実感する.そして,今は2007年よりも,世界の状況はさらに悪化していることに,驚くばかりである.

(以下,2007年01月03日 10:44JST の mixi 日記より引用.「今年」という表現は,2007年のことであることに注意されたい.)

人生後半

2004年に親父を亡くして以来,人生後半なのだというのを強く意識するようになった.簡単にいえば,年寄りになったということである.つまり,糾弾する側から糾弾される側に,高齢化社会にとってはリソースを食いまくる迷惑な存在になったということだ.

そろそろ人生のいろいろな活動から撤退して死ぬための準備をしなければならなくなったことを痛切に感じる.

この20年は

  1. 言論の自由を阻止しようとする政府という悪との戦い
  2. あらゆる障壁のdeconstructionと徹底した国境開放
  3. コンテンツ売りでぼろ儲けしようとする連中との戦い

に明け暮れたような気がする.

もっとも,1.については

1.1 政府と役人自身があらゆる分野で責任を放棄するというもっとも凶悪な戦略を実行しているので,いったい誰が悪いのかということが見えなくなってしまった

1.2 私も含め「教師は憎むべき対象」「年寄りは害毒」という考え方が一定世代以下の人たちには十分に行き渡ったせいか,その無謬性を前提にした犯罪が増えてしまった

1.3 本当の悪は政府の裏についている国民全体(もちろん自分も含む)と,政府を裏で動かしているマフィア(圧力団体ともいう)達であることが次第に明らかになりつつある

という問題が見えてきてしまったので,昔ほど単純に主張できなくなってきている.また,自分がかつて敵対していた組織から,禄を食むことを余儀なくされているからかもしれない.好き嫌いや良し悪しだけでは仕事は選べないし,どんな組織の中にもうまくやっていける人間はいるので,簡単に敵味方の論理では語れなくなってきた.

2.については,日本は核攻撃されても国境を開かなかったのだから,私の生きている間には徹底開国は実現しないだろうと思う.もっとも,そうなる前に労働力不足で 移民の導入は必須だろうけど.そうなったらなったで生きていく覚悟はあるが,大半のdomesticatedされた(domesticでないことに注意)日本人にはつらかろうと思う.まあ,彼らがどうなろうと,私は私でやっていくしかないが.

3.については,率直な話コンテンツ産業にかかわればかかわるほど,空しくなってやる気が失せていくのが現実だろう.多くの創作行為が違法とされている中で,本当に面白いものは不法行為の中にしか残らないのではないかと思う.ならばその不法行為を合法化すればいいのだが,どうもコンテンツ産業のお化けたちは死ぬまで吸血鬼でいたいらしい.

一言で言えば,この20年間,無駄な戦いをやっていたなと思う.ヘタに正面切って戦うよりは,食うためのゲリラ戦に徹したほうがずっと良さそうだということに気がついた.原点に返ったともいえるのだが.

今年はとりあえず

  • a)音楽活動の一定分野にピリオドを打つ.今までやってきた活動との重複を避ける,残すのはDJとラップだけ
  • b)無線活動は極力縮小し,その分のエネルギーは電子工作技術の習得に回す(ハードウェア技術は飯のタネになるだろうから)
  • c)コンピュータを好きになってちゃんとコーディングと実験をしよう,仕事をしよう
  • d)人間関係としてのインターネットは極力縮小し,くだらない争いには首を突っ込まない
  • e)インターネットの前提にあるabstraction technologyの復習をする
  • f)カネの稼ぎ方を考え直す
  • g)面倒がらずに身体を立て直して世界中動き回る
  • h)自宅コンピュータシステムの縮小,アウトソース化

ぐらいのことはしたい.

…これだけ書けば,new year resolutionとしては十分だろう.

(以上で引用終わり)

2014年4月1日

父 力武 常次 最終講義資料の公開について

父 力武 常次が東京工業大学理学部応用物理学科教授として行った最終講義の資料を,本日 CC-BY-NC-SA 4.0 ライセンスにて公開しました.

本資料の公開にあたり,ご助言いただいた東京工業大学名誉教授の本蔵 義守先生に深く感謝致します.

2014年3月17日

第一級陸上無線技術士試験受験記

(All image files in this blog article are edited by Kenji Rikitake)

この1月(平成26年1月期)に第一級陸上無線技術士(一陸技)の国家試験を受験した.その時の受験記を書いておく.幸い試験には合格し,すでに無線従事者免許証の交付も受けているが,この試験はおよそ簡単なものではなかったということだけは最初に強調しておきたい.

受験の理由

受験を決意したのは昨年2013年の10月だった.退職勧奨というやむを得ない事情で退職したこともあり,どうにかしてもっと手に職をつけなければという焦りの気持が理由の一つだったことは事実だ.そして,ただのインターネット屋だけでは食っていけなくなるだろうという予想は2008年ごろからしていて,その時からプロの無線(業務無線)の資格が欲しいとは思っていた.2009年に,さる勉強会で無線の話をしたこともあったからだ.

しかし,無線局の操作は無線従事者の資格がなければ行うことはできない以上,プロの資格なしでは商売にはできない.そして資格を取るなら自分の実力で可能な最強かつ最高の資格でなければならない.趣味の分野とはいえ,このことは第一級アマチュア無線技士(一アマ)を受験した時に実感したことである.一アマを取ってからは,誰も私に文句をつけてくることはなくなったからだ.

なぜ一陸技を選んだか

日本でのプロの無線の資格にはいくつかの選択肢がある.大きく分けると,「技術操作」と「通信操作」という選択肢がある.

「技術操作」とは,通信そのものを行うのではなく,通信に係る機器の調整などを行うことができるという意味である.平たくいえば,無線機やアンテナの設計や調整,通信操作以外の運用ができる資格である.技術操作の仕事はまさに技術者の仕事以外の何物でもない.(米国FCCのCommercial Radio Operatorの資格では, "Radio Maintenance and Repair" という表現をしているようだ.なお,私は米国で労働する権利をこの原稿の執筆時点では持たないため,この米国資格を得るための受験資格はない.)

一方,「通信操作」とは,音声などで相手とやり取りをする操作だが,プロの無線では基本的に操作者の意思で伝達内容が決まることはむしろまれであり,操作者は第三者からの依頼電文を正確に伝えることが要求される.その意味で通信操作は一種の特殊技能であり,純粋な技術者の仕事とは一線を画しているといえるだろう.

(日本ではプロの無線の資格でもアマチュア無線局の通信操作を行うことができるが,国際的にこのような制度が一般的なわけではない.たとえば米国ではプロの無線の資格とアマチュア無線の資格は厳格に分かれており,兼ねることはできない.)

通信操作を主にした資格の最高峰であるとされる第一級総合無線通信士(一総通)には,私が結局覚えることのできなかった和文モールス符号の送受信試験があり,まず受験は無理だろうと決めた.日本のプロならば他人の和文電報を扱えるだけの技量を必要とするのは当然であり,残念ながら私にその実力はない.アマチュア無線の必須技能である欧文普通話(=普通の英語の文章)のモールス符号ですら,まともに受信して記録することはおぼつかないのだから.

一方,技術操作を主にした資格の最高峰である一陸技は,放送局などを含むすべての無線局(ただしアマチュア無線局については第四級の操作範囲のみ)の技術操作が行える.一総通は第二級陸上無線技術士(二陸技)と同等とみなされるが,二陸技では2kWを越える放送局の送信所のような大電力の操作はできない.一陸技にはその制限がない.その意味で無線工学(=電子工学+無線システム+アンテナ工学)の業務試験としては,日本では最高の資格の一つであるということがいえる.また,一陸技は無線工学(3科目ある)と法規(電波法の基本的概念と技術関連項目)のみが必須科目であり,そういう意味では比較的勉強しやすい試験であるとも言える.

受験勉強の準備と目標

一陸技の受験勉強には,まずは過去問集,それから各科目の参考書を1冊ずつ用意した.もっとも,実際に手をつけられたのは,諸般の事情により試験日の一週間前からであった.参考書は以下の通りである.

この上記5冊の参考書の大半は同一人物が著者であり,そういう意味では内容に多少の偏りは否めない.もっとも,過去に電子工作の経験や知識があれば,ついていける内容が大半である.言い換えれば,そういう経験のない人が,ひたすら過去問を暗記して受けるというのは,無理かもしれない.マークシート式の試験とはいえ,実際にはかなりの筆算をしなければ正解は出てこないからだ.

現実の試験は4択のマークシート式試験で,2日にわたって行われる.無線工学3科目は各科目ごとに試験時間が2時間半,それぞれ5点の問題が20問,1点×5項目の問題が5問,計25問125点で採点され,75点(6割)を取らないと合格にならない.法規は試験時間が2時間,5点の問題が15問,1点×5項目の問題が5問,計20問100点で採点され,60点(6割)を取らないと合格しない.免許は4科目すべて合格しないと与えられないが,各科目の合格結果は試験のあった次の月から3年間有効であるため,複数回の受験で免許を取得する人も多い.私の場合は幸いにして4科目全部一度で合格することができた.

勉強の内容

無線工学は「無線工学の基礎」(電磁気学と電子工学,回路理論),「無線工学A」(無線機の構成や変調方式など無線システム全般),「無線工学B」(電磁方程式から伝送線路,電波伝搬を含むアンテナシステム全般)の3つに分かれる.これらの中で最も厳しかったのは,実は「無線工学の基礎」であった.

「無線工学の基礎」では,試験範囲はマックスウェル方程式や電磁誘導,コンデンサの原理といった大学の電磁気学で学ぶ基本的なことから,BJT/FETを使った増幅回路,さらにはデジタル回路の基本であるブール代数に関する問題まで,広範囲な問題に対応できることが必要になる.そのためには,四端子回路(特にhパラメータ/sパラメータ)や,デルタ-スター変換などの,比較的高度な技術が必要になってくる.指数対数(複素係数を含む)と三角関数の和差公式は普通に使えないといけない.

「無線工学A」では,無線機の基礎構成,AM/FM/SSB変調方式,ビット伝送の基本であるBPSKやQPSK,レーダ,電波航法(VOR/GPSなど),衛星通信システム,地上デジタル放送(私が受けた試験では過去問にないOFDMの帯域分割パラメータの詳細に関する問題が出た),電源,雑音指数,無線機の性能測定など,広い範囲の問題が出る.

「無線工学B」では,電波伝搬の視点から見たマックスウェル方程式,アンテナの電流分布や電波放射,空間の伝送損失などを定量的に計算するための伝達公式,八木=宇田アンテナから導波管を使ったスロットアンテナに至る各種周波数の各種アンテナ,分布定数回路と導波管,伝送線路のインピーダンスと整合,地表波から電離層伝搬までの電波伝搬全般,そしてアンテナ系の測定まで,これまた広い範囲の問題が出る.

これらの無線工学3科目に関する問題を解けるようになるには,実際に各種技術がどんな場面でどのように使われているかを想像し,その上で必要な計算を行っていくという幅広い知識が必要になる.

また,「法規」では,電波法の基本原則から無線設備規則に定められた各種技術基準,無線局の運用,無線従事者の義務,そして罰則まで,広範囲な知識が要求される.こちらは自然法則ではなく人間の決めた規則であり,無線工学の科目に比べて丸暗記のセンスが要求される科目でもある.

勉強の方法

学問に王道はないとはよく言ったものだが,この試験はなにしろ範囲が広すぎるため,率直に言って過去問を解きながら背景の考え方を覚えていくしかない.結局自分ができたことは,1日1科目ごとに過去問と参考書を総ナメすることを4日間続け,残り2日で4科目を再学習することだけであった.もちろんその合間に多くの関連書で内容を確認し,一部の問題では手計算を行うということもしたが,ひたすら丸暗記するとかそういったことはしなかった.

関連書として便利だった書籍を紹介しておく.

試験当日

試験会場は大阪市内の扇町近くにある関西テレビ電気専門学校であった.この会場は周辺に食事を摂れる場所がないのと,建物が古く和式トイレしかないため,長時間の滞在には苦痛を伴う.2002年12月に一アマの試験を受けたときは,当時はまだ毎分60字の欧文モールス符号を2分間筆記受信するという電気通信術の科目もあって,かなり身体的には堪えた.今回の試験は電気通信術の科目はないものの,2日間午前午後フルに戦わなければならなかったため,体調の管理には万全を期した.

試験は科目ごとに途中退場することができるが,実際にかかった時間は次の通りであった.

  • 1日目午前: 無線工学の基礎: 150分全部
  • 1日目午後: 法規: 60分
  • 2日目午前: 無線工学A: 90分
  • 2日目午後: 無線工学B: 120分

それだけ「無線工学の基礎」は厳しい科目だったといえる.実際の成績は次の通りであった.(この結果については,自己採点と日本無線協会に試験結果発表後請求した成績通知書との内容は一致している.)

  • 無線工学の基礎: 85/125
  • 法規: 81/100
  • 無線工学A: 109/125
  • 無線工学B: 96/125

無線工学の3科目については,時間のかかった科目ほど成績が悪くなっているというのが印象的である.つまり,理解が浅い科目ほど,時間ばかりかかってしまっている.

試験結果の発表

試験結果の発表は2月13日に日本無線協会のWebサーバ上で速報され,その翌日には結果通知書が届き,無事合格であることを確認した.すぐに近畿総合通信局に免許申請を行い,3月10日付で無線従事者免許証が交付された.

受験後の所感

一陸技を持っていたからといって今すぐに何かできるわけではない.プロの無線の中でも特に需要の多い携帯電話の基地局に関する業務は,下位資格の第一級陸上特殊無線技士(一陸特)で済んでしまうことが多い.(一陸技は一陸特の操作範囲をすべて含む.)それに,資格があったからといって,実務経験がなければ就職がすぐにできるわけでもない.

それでも,一陸技と一アマという2つの資格を持ったことで,事実上日本でのすべての無線局の技術操作をしてもよいことになったというのは,電子工学や無線技術の習得と普及をライフワークの一つとしてきた者としては嬉しい以外の何物でもない.

最近はInternet of Things (IoT)といって,何でもインターネットにつなげようという動きとそのための技術開発が盛んだ.無線技術はIoTの根幹技術の一部を成しており,これからますます重要になってくるだろう.IoTのほとんどは個別免許不要の無線機器(無線LAN, BlueTooth, 3G/LTE/WiMAXなど)の使用を前提としているが,これらの機器の通信到達範囲は限られており,本格的な問題解決には免許の必要な無線局を使わなければならなくなることは間違いない.その時に,一陸技の資格を役に立てることができるだろうと個人的には考えている.

自分が今求職中という厳しい身分であることは十分承知の上だが,それでも新しいことに挑戦していくことは重要かつ今後の人生を切り開く上で不可欠であると実感できたのが,この受験による最大の収穫といえるだろう.

2013年12月30日

ドイツ雑感 その2

(写真: Kenji Rikitake)

もうドイツに旅行してから4ヶ月近く経過しようとしている.忘れないうちに当時の感想を記録しておこう.

英語は一切書かれていないドイツの航空小荷物

最初の写真,いや,伝票の写しはDeutsche Post/DHLのEU域外向け荷物(日本郵便のEMSに相当)の裏面である.ご覧の通り,一切ドイツ語以外の言語は書かれていない.つまり,ドイツ語が読めなければドイツでは生活できないのである.これを当たり前と思うかそうでないと思うかは人それぞれだと思うが,私はドイツ語の教育を受けたことは一度もないので,内容については大体のアタリをつけながら想像を巡らせるしかない.ドイツ語話者の妻の助けがあるとはいえ,これはかなり大変な作業であった.

この伝票については日本から日本郵便で小形包装物あるいはEMSを送ったことがあれば難しくはないのだが,要するに税関申告書(Zollinhaltserklärung)にもなっているのでその部分を書かなければならない(この内容は英語でOK).ドイツ語localeのせいで小数点がコンマになっていたり(英語以外の言語ではコンマである方がむしろ一般的)するのはまだご愛嬌だが,このZollinhaltserklärungという単語が実は「Zoll 税関 + inhalts 内容物(属格,「〜の」)+ erklärung (説明)」という複合語になっているというのを見抜かなければならないのがかなりの苦痛だったりする.

伝票の表書きも示しておこう.Paketkarte CP71というのがそうだ.妻宛にしてある.プライバシー保護のため一部白抜きにしてあるのはご容赦いただきたい.こちらは万国郵便条約に則り,ドイツ語とフランス語でしか書かれていない.英語はこの面にも一言も書かれていない.幸いフランス語は多少読めるのでこちらの内容を読むのには不自由しなかった.日本郵便も同様の伝票を使っているので,内容については対応付ければ理解できるだろう.発送日が日-月-年の欧州標準になっていたり,通貨単位が数字の後に付くのは,これもまたドイツ語locale所以である.繰り返すが,英語はどこにも書かれていない.

法人納税番号が領収書にも書いてあるドイツ

次はドイツでもらったレシートである.これらにも英語はどこにも書かれていない.Thalia.deというのはブレーメンの書店で,KaDeWeはベルリン有数の百貨店である.Steuernummer(納税番号)というのがそれぞれの領収証には必ず記されている.日本も現在「社会保障と税に関わる番号制度」あるいは「番号法」の施行に向けて準備が進んでいるが,こんな感じになるのかと思っている.ドイツの付加価値税は7%または19%の二通りであり,生活必需物資として認定されたものは7%になるが,その区別は必ずしも明確ではないようだ.

ちなみにThaliaで買ったのはシステム手帳のリフィル,KaDeWeで買ったのはお茶(紅茶)である.

自動販売機は動くと思ってはいけない

ドイツの自動販売機では苦労した.ベルリンのTegel空港(TXL)では,ミネラルウォーターの自販機が壊れているにもかかわらず何も表示がされていなかったため,みすみす数ユーロを損してしまった.近場のバーに人が並んでいたのはそういう理由だったのだ.人間の方が自販機よりも信頼性が高いというのがドイツ社会の常識なのだろう.(帰国の際TXLでは自販機だけでなくトイレまで一部修理中なのには参った.)

幸い市電や地下鉄の券売機でハマることはなかったが,硬貨を数えるスピードが遅く,1枚ずつ入れてそれぞれが問題なく認識されるのを確認しないといけないのは参った.北米でも自販機が壊れているのは珍しくないのでその意味では驚きはなかったが,日本のようにうまくいくと思ってはいけない.

オルデンブルクとブレーメンを往復する際も,数十ユーロというかなりの高額な支払いにもかかわらず,Deutsche Bahnの券売機の反応速度が遅くて,非常に困った.英語表示に切り替えることはできるのだが,それだと何が書いてあるのかわからず,結局ドイツ語の表示を読みながら買わざるを得なかった.

東京とベルリンとの人の流れの違い

今回はベルリンに長く滞在したのだが,大都市であっても東京ほどピリピリした感じはない.各自勝手な速度で,勝手に歩いている.大阪や京都も東京に比べて人の歩く速度にバラツキが大きく妙に邪魔な感じがしてイライラしてしまうのだが,ベルリンの場合はあまり混んでいないせいか,追い立てられる感じはあまりなかったように思う.鉄道にも乗ったが,エレベータの前では皆我慢強く並んでいる.単にノンビリしているというのとは違う感じを受けた.やはり日本の大都市は人口密度が高過ぎるのであろう.

いずれまた続きを書くこともあるかもしれないが,まずはここまで.

2013年9月30日

Bashoジャパンを退職します

このたび,Bashoジャパンを2013年9月30日にて退職することとなりました.

在職中お世話になったBasho Technologiesの皆様,特にBashoジャパン株式会社の方々には,深く感謝します.彼等のチームの一員となったことは忘れられない経験となるでしょう.

Basho参加以前からそうであったように,退職後も引き続きRiakとErlang/OTPを私は支援していきます.

今後のことは未定ですが,引き続きコンピュータ,そしてインターネットの開発者/運用者のプロフェッショナルコミュニティの一員としてかかわっていくでしょう.いろいろな困難が待ち受けているかと思いますが,受けて立つ所存です.

在職中ご支援いただいた方々に改めて御礼申し上げます.

2013年9月9日

ドイツ雑感 その1

(写真: http://www.flickr.com/photos/spablab/172302861/, photo taken in 1988 before the Berlin Wall was fallen, licensed CC-BY, edited by Kenji Rikitake)

諸般の事情により,ドイツに滞在している.人生について考える機会が欲しかったのと,ロンドンでErlangの話をしてくるという仕事もするという,欲張りな旅である.

最初の街はBremenだった.「ブレーメンの音楽隊」で有名な場所だ.妻の知人が近隣のOldenburg(オルデンブルク)におり,彼等を表敬訪問するのも旅の目的の1つだった.ブレーメンもオルデンブルクも人口はそれほど多くなく,日本の感覚では大都会とはいえない.ただ,市電から市内中心部のAltstadtへのアクセスは良く,物資の調達に何度か行った.ブレーメンは北ドイツに属し,その文化は北欧に近い.地名も食べ物も,昨年行ったデンマークのコペンハーゲンに割と似ている.街並みは,1970年代の米国滞在の時の経験を彷彿とさせる,ゆったりしたものだった.そういえば1974年のBoulder, CO, USAは,こんな感じだったなあ,という記憶がよみがえってきた.

そして今はBerlinにいる.写真は冷戦終了前のBrandenburger Tor(ブランデンブルク門)を西側から見た写真だ.今はもう壁はない.私もUnter den Linden通りにある門の下をくぐり,Friedrichstraße (フリードリヒ通り)まで歩いた.誰にも尋問されず,逮捕されることもなかった.なぜこんなことに感慨を覚えるかといえば,冷戦時代を知っているからだろう.フリードリヒ通りの前にはロシア大使館があった.これは昔はソ連大使館だったのだろうか.もっとも,すでに東西ドイツ統一から23年近くが経過している今,ベルリンは普通の街である.ただ,旧東ベルリンは,未だ復興中の感がある.

ベルリンでは,どこで買い物するか,どうやって移動するか(U-bahnという地下鉄が主,観光には2階建のバスも悪くない),物の値段,インターネットアクセス(後述するが良い環境とはいえない),その他の基本的な生活に必要なことから覚えていっている.日本帰国までの間は,ベルリンを拠点にして,一度ロンドンまで往復する予定なので,できるだけこの街には親しんでおきたいというのもある.IFAという家電の国際展示会にぶつかったようで,滞在しているホテルには韓国の人達が多かった.ついでに私もIFAに2時間弱だけ行ってきたが,その印象については稿を改めたい.

ベルリンに来るまでは,各所を長距離鉄道(DB)で移動した.安全と快適さ優先で一等車(1. Klasse)を使ったが,日本でいえばさしずめJRの特急という感じの乗り心地である.どの街にもHauptbarnhof (Hbf,中央駅)があり,交通の要衝になっている.Bremen Hbf - Oldenburg Hbf は40分ぐらい片道でかかる.一方, Bremen Hbf - Hamburg Hbf - Berlin Hbf の間の移動は,かなりの長距離であったにもかかわらず,都合3時間強で済んだ.ハンブルクの中央駅では一度妻の分を含めてスーツケースを多数下ろして,次の電車に駆け込むという離れ業をやった.ちょうとJR西日本でいえば,大阪駅か京都駅の雰囲気である.おかげで筋肉痛になったが….

以下は雑感である.

ドイツでは英語はあくまで外国語,表示は全部ドイツ語だけ

その昔カナダ・ケベックのモントリオールでは,商品の表示は英仏両方がほとんどだったものの,街の表示はフランス語しかなく,かなり大変だった.しかし,ドイツではケベックよりもさらにドイツ語以外での表示は少ない.ブレーメンもベルリンも,基本的に街の表示は全部ドイツ語である.例えば「火災時はエレベータに乗るな」というのは „Aufzug im Brandfall nicht benutzen“ としか書かれていない.あえて各単語の意味は書かないが,英語からはまったく想像がつかない.それに,仮に英語表示があったとしても,その多くはドイツ語から単語を置き換えただけのモノであり,読んでいてよくわからなくなってしまうことも多々ある(ドイツ語ではどのように言うのかを知っていれば問題は起きないが).つまり,英語だけ知っていても街を歩くには全く役に立たないのがドイツ連邦共和国の実情である.もちろん,街の人達,特に若い人達は日本とは違って簡単な英語での交渉事には応じてくれるし,その意味では日本よりもずっと親切だといえるが,とにもかくにもドイツの公用語はドイツ語だけであり,その他の言語は公用語ではない.ケータイのプリペイドSIMカードを使うにも,ドイツ語の知識は必須である.開通時のSMSは英語では送られて来ないからだ. この旅行がドイツ語を第2言語として縦横無尽にあやつる妻と同伴でなかったら,大変困ったに違いない.

ドイツのモバイルインターネットはかなり悲惨

ベルリンはドイツの首都である.そのベルリンでさえ,インターネットを使うにあたっては,ホテルの回線が良くないと相当苦しむことになる.ドイツのケータイは未だ多くがGSMベースであり,その上のデータ通信であるEDGEに対応した端末が必要である.しかも鉄道の中では,路線によっては無線LAN(有料)を提供しているものもあるが,基本的には使える帯域は非常に小さい.Twitterぐらいしかできないと思ったほうがいいかもしれない.日本から3G/LTEルータを持っていき,T-Mobileのデータ用SIMカードを挿して使おうとすると,場所によっては3Gにアクセスできず,使用不能になることさえある.ブレーメンでも基本的な事情は同じである.日本の極楽なモバイル環境を当たり前だと思うと,泣きを見ることになるのは確実である.

他のことについてもいずれまた書きたいと思うが,まずはここまで.

2013年8月2日

電子情報通信学会の技術研究報告に関する電子的利用の方針についての要望

本日,以下の文書を,電子情報通信学会 サービス事業部 会員課に対し送付し,同会著作権管理委員会に取り付いでもらうよう要望しました.諸々の問題があることは承知していますが,オープンアクセスが学術学会でも当たり前になっている現状を鑑みる限り,何らかの方針を早急に決める必要があると思っています.


電子情報通信学会 著作権管理委員会の皆様

貴会における技術研究報告に関する電子的利用の方針について,以下の通り要望します.

  • 貴会の著作権規程の基本方針についての以下URLから引用できる文書では,電子的利用の方針について,「技術研究報告につきましては引き続き検討中」とあります.この文書は平成20年4月の理事会にて決定された内容が記されており,すでに5年以上の時間が経過しておりますが,以下の事項について,ご回答いただきたくお願い申し上げます.

    • その後の検討結果はどのようになったのか
    • 仮に検討結果が確定していない場合,いつまでに検討が終了し,結論が出る予定か
    • 5年以上経過しても検討結果が出ていないことについての経緯の説明
    • 参考URL: http://www.ieice.org/jpn/about/kitei/chosakukenkitei.html
  • 以下の参考URLに述べられている利用申請基準では,「技術研究報告については、論文全文の電子媒体での利用については検討中であり、利用は不可である」とあります.電子的な公開があらゆる学術学会の研究報告で一般的になりつつある現状を考えた場合,この文言はすでに時代錯誤であると言わざるを得ません.
    つきましては,一刻も早く,技術研究報告の電子媒体での利用についての規程を整備し,少なくとも著作者自身が自分の技術研究報告全文を論文誌の論文同様に公開できるように(利用申請基準の例外事例1に相当する条件で)体制を整えていただきたく要望します.

現状のままでは,電子情報通信学会の技術研究報告を書く意味が事実上否定されているに等しいということを,著作権管理委員会の皆様にはご理解いただく必要があるのではないでしょうか.

以上,Web上でもメールでも結構ですので,ご回答いただきたくお願い申し上げます.

平成25年(2013年)8月2日

力武 健次
電子情報通信学会 シニア会員

2013年8月6日追記: 本件について,電子情報通信学会 会員サービス部より,「要望受け承りました。関連委員会で検討して、ご回答いたします。少しお時間を必要としますので、ご了承ください。」という旨のメールの返信を得ました.

2014年4月6日追記: 本件に関し,電子情報通信学会の「本会出版物に掲載された論文等の著作物の利用申請基準」が2013年10月24日に改訂され,技術研究報告についても論文誌同様の判定基準によって,「非営利目的による利用かつ同学会の利益を不当に侵害しない範囲における利用」であれば,利用申請不要となったことを確認しました(関連規定のページ,「利用申請基準」のPDFを参照).関係者の方々のご努力に感謝すると共に,引き続き完全オープンアクセス化への努力を継続していただきたいと考えます.