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2016年2月8日

CROSS2016に参加して

先週2015年2月5日金曜日に、横浜にてCROSS2016というソフト屋/Web屋さんのためのイベントがあったので、行ってきた。アンカンファレンスではACM Erlang Workshop 2016とErlang Factory SF Bay 2016の話もしてきた。

CROSS2016には個人スポンサーとして参加した。これは自分のいた会社の元同僚が登壇者として出ていたこと、そして広告を出していただける珍しい機会だったことが理由だ。あと、登壇者の中にはずっと会いたかった人達がいたので、挨拶をしておきたかったというのも理由だった。(言い換えれば、そういう理由がない限り、自分が主たる登壇者にならないようなイベントに行くことは最近はまずなくなりつつある。)

各セッションの内容についての感想は以下の通り(プログラム)。

  • 労使の本音バトル: これはノーチラステクノロジーズの神林さんが言っていることがいちいち腑に落ちていて、結局 ship or die あるいは release or quit でしかないという感想しかなかった。別に何をやっていてもいいのだが、納期が守れないとどうにもならない。もちろん私も納期をトばしてしまったことは25年前ぐらいには何度かあったので他所様のことはいえないが。仕事を楽しくできることはもちろん大事なことだが、一度仕事を受けたら完結させるしかないというのは楽しい云々以前の問題だろうと思う。
  • 業務システムをRDBなしで作れるのか: このセッションは事前の資料なしには理解できない内容だったが、RDBなし、というのは、トランザクションを他のやり方で実現、あるいは担保するしかない、という基本に忠実な発表だったと思う。
  • 先達に聞くこれからのエンジニア像(この記事に概要がある): 登壇者の御三方の論調は予想できていたし、まあ率直な話勉強会にすら行かせてもらえないような会社で仕事なんかしたくないだろうなあとは私も強く思うのだけど(そういう制約がイヤで結局組織人としての人生を23年間で止めてしまったわけだし)、それが世間の常識と強弁できるほど世の中は甘くもないだろうなあという感想もあった。まあ日本には職業選択の自由と移動の自由が基本的人権としてあるはずなので、それを行使するもしないも個人次第だとは思う。伊勢さんの「死ぬわけじゃないんだからいいじゃん」というのには大いに笑った。怒られても殺されるようなことはない、というのはその通りだし。(もっとも、私は死にそうな目に遭ったこともあるので、死にそうになったら辞めるなり逃げるなり休むなりしたほうがいい、ということは強調しておく。)
  • 日本でのグローバルなプロダクトやサービスの開発とは: モデレーターの小野さんは登壇者の4人を御すのが大変だったろうと思うが(4人ともとても優秀な人達なので)、見事にリードしておられましたね。まあ、世界中で使ってもらえないようなプロダクトをOSSで作ってもしょうがないので、公開するOSSは全部英語でドキュメント作るべき、とは思う。OSSでなくて、特定のお客さんから日本語で作れという要請があれば、日本語でやればいいけど。あと、会場で時差の話が出ていたが、それについてはこのQiitaの記事に言いたいことは一通り書いているので、ぜひ読んでいただければ嬉しい。
  • アンカンファレンスではこのスライドの通り話をしました。終了後声をかけていただけたのはありがたい限り。

イベント全体はそれなりに良く運営されていたと思うのだけど、1つ苦言を呈するとすれば、会場の音響がメチャクチャで複数のセッションのPAスピーカーからの音が激しく干渉してロクに各セッションの音が聞こえない状態だったのは、とても残念だった。これだと何のためにイベントをやっているのかわからないので、音響の問題は次回はぜひ改善していただきたいと思う。あと、A会場/B会場では、照明の関係で話者の顔が見えないという指摘が知人からあった(その通りだと思う)。

ともあれ、今回は会うべき人達には皆ご挨拶できたし、それなりに楽しめたので、スポンサーシップを提供した意義はあったと思う。来年はぜひ音響面だけは改善してより良いイベントになることを期待したい。

2013年9月30日

Bashoジャパンを退職します

このたび,Bashoジャパンを2013年9月30日にて退職することとなりました.

在職中お世話になったBasho Technologiesの皆様,特にBashoジャパン株式会社の方々には,深く感謝します.彼等のチームの一員となったことは忘れられない経験となるでしょう.

Basho参加以前からそうであったように,退職後も引き続きRiakとErlang/OTPを私は支援していきます.

今後のことは未定ですが,引き続きコンピュータ,そしてインターネットの開発者/運用者のプロフェッショナルコミュニティの一員としてかかわっていくでしょう.いろいろな困難が待ち受けているかと思いますが,受けて立つ所存です.

在職中ご支援いただいた方々に改めて御礼申し上げます.

2013年3月27日

ボヤ騒ぎとErlang Factoryはサンフランシスコの華?

(写真: 筆者の発表前の様子,原 陽亮さん撮影)

2013年2月にBashoジャパンで仕事を始めてから,それまでとは打って変わって忙しい日々を過ごしている. 寝る時間と食事の時間以外は(通勤時間は激減したものの)移動しているか,新しい仕事の手順を覚えているか,物書きかコード書きかテストかサポート対応をしているか,あるいは人前で話をしているか会議をしているかという状況である. それまでやっていなくて苦労したことは無数にあるのだが,とり急ぎいくつかかいつまんで並べておくと

  • Riak
  • Amazon AWS S3
  • AppleのMac関連製品とOS X
  • 日本深夜の電話会議
  • BlueToothの音声デバイスの使い方
  • GitHub
  • Google Drive
  • OS X用のMicrosoft Office Suite
  • Vagrant
  • ゴリゴリのErlangコード読み(これに関してはまた稿を改めて説明したい)
  • DTrace

…などなど,自分のスキルセットがいかに不完全で,研究者気取りの過去12年間はサボってばかりいたことが丸分かりである.反省している暇はないので,とにかくやるしかないのではあるが.

本論に入る.

2013年3月21日〜22日まで,米国サンフランシスコにて Erlang Factory SF Bay Area 2013の会議に参加してきた. 自分はアマチュア無線とRiakというおよそニッチなネタでの発表もしてきた. Erlang Factory SF Bay Areaへの参加は連続して4回目になる. この会議はどことなく「祭」の性格が強い. 特に昨年ダウンタウンのホテルに移動してからは,夜のErloungeが結構強烈で,皆ひたすら話し込むという大宴会の様相を呈していた.

今回は2011年の私の発表中に火災報知器が誤作動して全員一時退避した事件に続き,Erlounge中に火災報知器が誤作動してホテル内滞在者は全員屋外に退避するという,珍事が発生した. もっとも2011年のホテルでは地上階で発表をやっていたので退避は容易だったのだが,今回は11階の宴会場から退避せねばならず,全員真剣に階段を降りて行った.ホテル内には年配の宿泊者の方々も多いため, 移動は粛々とかつ整然と行われた.このへん騒ぎにならないところはさすがである.とはいえ,消防車が安全を確認した後,消防士と写真撮影をしていた人達がいたのには驚いたが. 観光客,あるいは居住者や市民への広報活動ということなのだろうけど,日本ではあまり考えられない光景である.「火事と喧嘩は江戸の華」という言葉があるが, もはやこの会議では火災報知器の誤作動が伝説と化してしまった感は否めない.(さる本の筆者は安全確認終了後,再び宴会場に戻って飲み続けたとか….)

この会議,日本語母語話者かつ英語非母語話者である参加者が非常に少ないのが残念である.2010年は2人,2011年は3人,2012年は私1人,そして2013年は私,同僚であるBashoジャパンのリードエンジニア上西さん, OpenXの田中さん(米国在住),楽天研究所の原さんと4名しか確認できていない.日本からSFOは決して遠くはないし,Talkの質も内容も非常に濃いので,Erlang/OTPビジネスの動向を掴みたい人達は是非参加することを お勧めする.今年は本会議以前にもRaspberry Piで動かすErlang/OTPのチュートリアルや,OTPやRiakのトレーニングなど,楽しい企画はたくさんあったので,1週間滞在しても損はないだろう.

ところで今回は会議場から南に数ブロック下がったMarket St.の靴屋さんに同居しているBashoWest (Basho Technologies San Francisco office)で仕事をしていた. (階下にはimgur.comを運営するImgur, LLCのオフィスがある.) ここは大学の部室のような雑然としたオフィスであり,特に勤務時間の制約もなく,およそ日本の大企業のそれとはかけ離れた世界であったが, 皆真剣に仕事をしていて,活発な議論と雑談が行われていたことを記しておく.滞在中はScott Fritchieをはじめ,多くの米国の同僚に世話になり,充実した時間を過ごせた. これだけ密度の高い海外出張は人生初体験であり,いささか身体的には疲れたが,仕事はこうやらないといけないということを今さらながら実感している.

2013年2月7日

Bashoジャパンにて働き始めました

2013年2月1日より,Bashoジャパン株式会社にて,シニアソフトウェアエンジニアとして働くことになりました. 関係者の皆様には,私の就職にあたり,多大なるご協力とご支援をいただきました.厚く御礼申し上げます. 今後は,自分のソフトウェア開発技術の基礎から叩き直す覚悟で精進致します.どうぞ今後ともご支援のほど,よろしくお願い致します.

Basho TechnologiesにはErlangにおいても分散データベースにおいても世界第一線級のエンジニアたちが集まっており,日々新しいことを吸収していかなければ,自分がついていくことさえ難しいのですが,その分自分が今まで培ってきたものを最大限活用できる可能性のある場所でもあります.その意味で,大変ではありますが,充実した日々を過ごしています.現時点では,少なくとも1990年から2年間外資系企業で働いたことは間違いなく役立っています.

今後,どのような仕事を自分がしていくのかは,まだ予想がつきません.Bashoの分散データベースRiakはすでに各社の最前線で活用されており,多くの機能要求も出ています.これらの要求に対して,迅速な開発と高い品質の維持を持って応えることに貢献しなければならないことは言うまでもありません.そこに自分のネットワーク技術者,OSプログラマ,そしてシステム管理者としての経験がどれだけ活かせるか.そこが勝負です.