2016年7月1日

大阪大学基礎工学部電子物理科学科にて平成28年度の講義を担当致しました

大阪大学基礎工学部電子物理科学科エレクトロニクスコースの平成28年度科目「電気工学特別講義」にて、力武健次技術士事務所 所長 力武健次が、2016年6月14日、21日、28日の3回にわたり講義を担当致しました。

講義の内容はInternet of Things(IoT)をめぐる諸問題についての一般的な解説です。詳細についてはこちらのGitHubレポジトリに公開しております。

なお、力武は平成21、22、27の各年度にも同講義を担当しており、今回は通算4年度目の登壇となります。

2016年3月17日

SFOあるいはサンフランシスコ雑感(2016年3月)

(写真はMarine's Memorial Club and Hotelのマスコットのブルドッグの絵)

SFO雑感。昨年2015年に続いて、米国カリフォルニア州サンフランシスコの雑感です。年に1度しか来ないですが、定点観測になってるので話のネタにはなるかも。

SFO雑感(1)米国はメートル法じゃないので、温度と長さの換算は暗記しておくのが吉。先週のSFOは長雨、日中の気温は最高60度(摂氏15度)に行かず、55度(摂氏13度)ぐらいの日が多くて、寒かったです。風速は30マイル(= 48km/h = 13m/s )で、雨量が1日で1インチ(25.4mm)とか、まあ換算が大変でした。ただ、これに慣れていれば、The Weather Channelで必要な気象情報は得られるので便利です。

SFO雑感(2)どこでもgratuity(チップ)が必要。現場の人達の貴重な小遣いなので「気は心」で。20%が相場かな。部屋の掃除の人にはUSD2、食堂の人にはUSD2.50をあげてました。レストランだと15%〜20%ぐらいでしょうか。

SFO雑感(3)公衆電話見ません。もう全部スマホです。ガラケーも見ません。

SFO雑感(4)ダウンタウンでは午前2時でも平気で皆騒いでます、が、今年は雨のせいかあまり聞こえませんでしたねえ。夜間は1990年代からずっと怖いです。まあ、チャイナタウンからNob Hill方面に集団で歩く分には、それほどキツくはないですが。

SFO雑感(5)SIMはT-Mobile(US)のプリペイドのを買うとテザリングもできる料金プランがあるしトッピングもできるので便利です.長期の滞在なら、T-MobileのSimple Choice Prepaidプランに、International Callオプション(日本他への地上回線かけ放題)というのがお得です。Union SquareのT-Mobileに昨年行っていろいろやってもらったのを、ちょこちょことチャージしながら、今年も使いました。ただ、月USD65程度と高いので、使い終わったらPay As You Goのプランに切り替えないと死にます。この場合の維持費はUSD3/月。

SFO雑感(6)LTEの周波数は日本のスマホの大半では対応していないので使えるのは3G/HS(D)PAだと思っておくべきでしょう。どうしてもLTE使いたいなら、現地の端末を調達してしまうのも手かも。

SFO雑感(7)米国の硬貨は25セントが事実上最高額で、1ドル以上は全部お札です。数十枚単位で用意しておかないとチップが大変。あと必要なのはUSD10/USD20のお札。USD5のお札は大変便利です。まあもっともデビットカード相当のクレジットカードがあれば、それで済んでしまうので、あまり現金はいらないかも。

SFO雑感(8)ホテルで騒ぐ客は結構いますが、宴会で酔っ払って意識不明になったり絡むのは禁止行為です。即刻追い出されます。大目には見てくれません。Please drink responsibly! ということで、お酒はほどほどに。また、屋外での飲酒、路上での飲酒は違法です。

SFO雑感(9)基本的に路上および建物から一定の距離以内は禁煙です、が、屋外では結構皆吸ってます。

SFO雑感(10)全般的にバブルです、が、昨年ほどではなかったような、気がする。

SFO雑感(11)ウォシュレットはありません。お尻はよく洗いましょう。

SFO雑感(12)身体を洗うための設備はシャワーが主で、風呂桶はないか、あってもごく浅いものがほとんどです。今年はついにRestroom/bathroomの電灯が洗面台にしかない部屋だったので、なかなか夜は暗くておどろきました。昼は外光が入る設計でよかったんですけどね。

SFO雑感(13)英語母語話者以外は皆思い思いの英語もどきを話しています。だから通じなくても気にせず通じるまで続けるのが吉です。相手もそういうものだと思っています。別の言い方をすれば、何か言わないと相手にされません。英語ができないのを察してくれるなんていうことは絶対にあり得ません。ただ、皆人間なので、なんかしんどそうだな、ということはわかるようで、そういう状況で話を切り出すと相談には乗ってくれることもあります。

SFO雑感(14)公衆トイレは空港などを除いて原則ないものと思ってください。また飲食店のトイレは個室になっているので混雑時は待たされます。オークランド(Oakland, CA)のチャイナタウンの中華屋では、別室の共同トイレに案内され、そこは全部施錠してあって(香港等同様これは犯罪防止の観点から常識)、店の客も電子錠開錠用のカードを店から借りて行くようになってます。外部の人はUSD20を預けるか、身分証明書を預けるか、しないといけないとか書いてありました…。

SFO雑感(15)Market St.他大通り、そしてTaylor St.等のTenderloinと呼ばれるいわくつきの地区は人が行き倒れていたり、わけのわからないことを叫んでいる人がいますが、無視して歩くしかありません。小銭をせびる人もいました。ただ、ホームレスの人達の精神障害は無視できない問題になっていて、結構面倒なようです。なお、私はMarketの南側には近づかないようにしているのですが、どの地区が危険かという情報は仕入れておく必要があります。

SFO雑感(16)自分が車運転しないんで詳細はわかりませんが、市内の渋滞は年々ひどくなっています。帰国時に朝8時前後の101でSFOに戻ろうとしたら、SF中心部から40分ぐらいかかりました。Bayshoreに一度下りて戻るという、迂回路を使ってこれでしたから。

SFO雑感(17)日本食はあてにしてはいけません。全体に油が多く、味もきつめです。テイクアウトの中華とも東南アジア風ともつかない料理が意外に吉かも。ただ今回は自分の好みで外食する暇がほとんどありませんでした。スーパーで売っている巻き寿司が定番で、意外と良いです。あと日本のアルファ米ベースの非常食は重宝します。

SFO雑感(18)日本円が安くなったこともあり、物価は高いです。大体日本の倍です。ドラッグストアなどでもバッグは有料、店によってはクレカは手数料を取られます。自前バッグがより良いかも。もちろん詰めてくれます。

SFO雑感(19)ホテルで従業員や他の客、そしてもちろん知人と目が会ったら声をかけて挨拶しましょう。しないと怪しまれます。

SFO雑感(20)Financial District - Union Square - Nob Hill 方面は、坂は多いですが、昔の建物がたくさん残っているので魅力的かも。ただ、結構歩きます。

SFO雑感(21)当然ながら左ハンドル、右側通行です。シートベルトは法令で着用が義務付けられていて、付けないとブザーが鳴って走りません。

SFO雑感(22)大部分の交差点の歩行者用信号には「あと何秒」の表示が出るようになりました。守って渡りましょう。結構時間が短かいので要注意です。

SFO雑感(23)サンフランシスコのアジア系の中で日本人は本当の少数派になってしまいました。過去の在住経験から類推しないのが吉です。言い換えれば、アジア系同士でいがみあっていられるような状況ではありません。

SFO雑感(24)タクシーは市内では拾えますし、呼べば来ますが、飛ばすので、飛行機の乱気流なみには揺れます。Uberはまだ私は自分では使いませんでしたが、呼んでいただいた車に数人の団体で乗った限りは、概して問題なく快適でした。

SFO雑感(25)鉄道ですが、BARTはまあ普通に使えます。ちょっとチャージにコツが必要ですし、意外と高額ですが、日本のJRの都市部の郊外線みたいなものです。路線図は調べていったほうがいいでしょう。(bart.gov) MUNIのメトロやCalTrainはまだ使ったことがありません。駅のエスカレータは片側が空きます。

SFO雑感(26)公共交通網は決して高度ではありません。歩いて動くしかない場合がほとんどです。坂も多く、健脚であることが要求されます。車の運転できない人、そして歩行障害のある人はご注意を。

SFO雑感(27)Apple StoreはUnion Squareの近くにあるはずなんですが、今回は周辺が工事されていて、詳細を確認できませんでした。

SFO雑感(28)Union Squareの周囲にはMacy's、SAKS Fifth Avenue、Nieman Marcusなどの高級百貨店が揃っています。おみやげにどうぞ。あと、Embarcadero Centerの各種小売店もお勧めかも。今回はAmbassador Toysというおもちゃ屋さんに行きました。

SFO雑感(29)ただアメリカ人に「デパートで買い物する」というと怪訝な顔をされます。デパートのない都市が大半だからですが。

SFO雑感(30)サービス業の人達、基本的に愛想はいいんですが、手先が不器用です。そういうお国柄なので多くを期待しないのが吉。あと、余計な単語は極力使わないように会話しますから、基本的に形式立った文章にはなりません。

SFO雑感(31)SFOの空港周辺は3Gのカバレッジは昨年よりは充実してきましたが、一部GSMのEDGEになってしまうところもあります。ただ、SF市内での3G(HSPA+/HSDPA)には困りませんでした。

SFO雑感(32)ネットワークの回線は日本よりは遅く、混み合っています。RunkeeperのGPS機能も使ってみましたが、そこら中のビルでGPSの電波が反射してしまうため、かなり悲惨なことになりました。

(初出: Facebookの2016年3月17日の自分のタイムライン)

2016年3月12日

Erlang Factory SF Bay 2016にて発表致しました

米国サンフランシスコにて開催されたErlang Factory SF Bay 2016にて,力武健次技術士事務所 所長 力武健次が“Fault-Tolerant Sensor Nodes With Erlang/OTP And Arduino”と題して英語にて発表致しました.スライドはspeakerdeck.comにて公開しています.また、この発表で使用したソースコードやスライド原稿はGitHubのレポジトリにて公開しております。

なお、Erlang Factory SF Bay 2016 での発表の模様はYouTubeにて公開されております.

2016年2月20日

Software Design誌にて「Erlangで学ぶ並行プログラミング」を連載しました

技術評論社のSoftware Design誌にて,力武健次技術士事務所 所長 力武 健次が,同誌2015年4月号より2016年3月号まで「Erlangで学ぶ並行プログラミング」と題して連載を行いました.ぜひご一読いただければ幸いです.

2016年2月18日

大学で過ごした日々

1984年から東大で学部から修士まで6年間、2002年から阪大にて外部の研究協力者として、また社会人博士の学生として3年過ごし、2010年から京大では教授として3年弱勤務した。残念ながらそれらで得た結論は皆同じで、どこも組織としてはダメだった。もちろんその過程でいろいろな出会いはあったし、勉強もできたことを考えれば、全部無駄だったとは思っていないけれど。

最初に大学に行ったときは、コンピュータ屋は目指していなかった。大学の中では計算機屋の地位は低い。そして率直に言って日本の大学は計算機科学のレベルは高いとはいえない。東工大のTSUBAMEのような例外的成功例はあるが、基本的に米国の後追いを越えていないし、また越えられない理由が無数にある。もしコンピュータ屋を目指すのであったなら、学部の時点でUC BerkeleyやStanfordやMITを目指すべきだったと思っている。もっとも、お金もなかったし体力もなく健康でもなかったので叶わぬ夢だったが。

もっとも、そうはいっても、結局、自分は理論物理屋も地球物理屋もできず、さりとて成績も良くなかったのでそもそも理学部情報科学科への進学はかなわず、工学部応用物理関連学科群に進学することになった。本格的にコンピュータ屋に復帰したのは、修士の時に情報工学専攻で学ぶことになってからである。これが良かったのかどうかは、自分では判断できない。まあ、好きなことではなく、目をつぶってでもできることでなければ人間はロクに稼げないので、そういう意味では向いていたのかもしれない。

21世紀になっても相変らず旧7帝大が権勢を振るっているのが日本の実情だと個人的には思っている。国公立私立を問わず、文科省が生殺与奪を握っている以上、これは不可避かもしれない。国立大学も2006年に国立大学法人と名称を変えたとはいえ、どの大学も運営は官僚的そのものであり、計算機科学のような論文数も少なく何をやっているかわからない分野には理解は低い。

大学は基本的に外部との交流をものすごく嫌う。中の組織は皆それぞれの派閥を作りたがるので、常に相互監視疑心暗鬼の世界にある。このような状況はこの30年弱で変わるかと思ったが、大して変わっていない。かつて京都大学にて全学の情報セキュリティに関する仕事をしていたときには、多くの教員から敵意に満ちた批判を受けた。まあ職務上無理からぬこととはいえ、組織としての統制がまったく効いていない状態では、徒労感のみ残る仕事だったことは否めない。実際には、統制される側が自律しているとはお世辞にもいえない状況であり、日々起こる事案に対応しなければならず、現場は混乱の極みだった。

京都大学でもう一つ感じたのは、学生が自由を求めていろいろ騒ぐのはいいとして、本来それを受け止める側の教員までが同じように騒いでいる例が少なくないことだった。京都大学は対話を重視する大学をスローガンとしてかかげているが、実際には各人自分勝手な主張をしているだけで、何の対話にも教育にもなっていないように見えた。もちろん粛々と日常業務をこなし、一切動じていない先生方もたくさんおられたのもまた事実だが。自分もそのような日常業務をこなし、一切動じない教員になろうと努力はしたが、あまりにも不条理が多く、プロパーでないことによる立場の低さはいかんともしがたい状況であったため、結局健康を害してしまった。

そんなわけで、自分は大学に関しては、人生選択を誤ったなというのが率直なところである。計算機科学に限定するならば、北米のトップの大学へ行った方が遥かに実践的な勉強ができただろうし、現在なら他の選択肢はないに等しいだろう。

ただ、学術研究そのものに対する締め付けとコスト高騰の波は日本以上に北米は厳しい。コンピュータ屋の場合、大学を出てさらにテックベンチャーで滅私奉公して働くことを覚悟しない限り、自己破産でも免除されない学資ローンの借金で首が回らなくなることは想像に難くない。それが本当に正しい人生の選択なのか。そしてサンフランシスコの超高コスト社会で大きな出費を強いられるのが良いことなのか。


何が正しいか、今の私にはわからない。それが率直な感想である。

(初出: Facebookの個人アカウントでのNotes 2015年9月26日)

2016年2月8日

CROSS2016に参加して

先週2015年2月5日金曜日に、横浜にてCROSS2016というソフト屋/Web屋さんのためのイベントがあったので、行ってきた。アンカンファレンスではACM Erlang Workshop 2016とErlang Factory SF Bay 2016の話もしてきた。

CROSS2016には個人スポンサーとして参加した。これは自分のいた会社の元同僚が登壇者として出ていたこと、そして広告を出していただける珍しい機会だったことが理由だ。あと、登壇者の中にはずっと会いたかった人達がいたので、挨拶をしておきたかったというのも理由だった。(言い換えれば、そういう理由がない限り、自分が主たる登壇者にならないようなイベントに行くことは最近はまずなくなりつつある。)

各セッションの内容についての感想は以下の通り(プログラム)。

  • 労使の本音バトル: これはノーチラステクノロジーズの神林さんが言っていることがいちいち腑に落ちていて、結局 ship or die あるいは release or quit でしかないという感想しかなかった。別に何をやっていてもいいのだが、納期が守れないとどうにもならない。もちろん私も納期をトばしてしまったことは25年前ぐらいには何度かあったので他所様のことはいえないが。仕事を楽しくできることはもちろん大事なことだが、一度仕事を受けたら完結させるしかないというのは楽しい云々以前の問題だろうと思う。
  • 業務システムをRDBなしで作れるのか: このセッションは事前の資料なしには理解できない内容だったが、RDBなし、というのは、トランザクションを他のやり方で実現、あるいは担保するしかない、という基本に忠実な発表だったと思う。
  • 先達に聞くこれからのエンジニア像(この記事に概要がある): 登壇者の御三方の論調は予想できていたし、まあ率直な話勉強会にすら行かせてもらえないような会社で仕事なんかしたくないだろうなあとは私も強く思うのだけど(そういう制約がイヤで結局組織人としての人生を23年間で止めてしまったわけだし)、それが世間の常識と強弁できるほど世の中は甘くもないだろうなあという感想もあった。まあ日本には職業選択の自由と移動の自由が基本的人権としてあるはずなので、それを行使するもしないも個人次第だとは思う。伊勢さんの「死ぬわけじゃないんだからいいじゃん」というのには大いに笑った。怒られても殺されるようなことはない、というのはその通りだし。(もっとも、私は死にそうな目に遭ったこともあるので、死にそうになったら辞めるなり逃げるなり休むなりしたほうがいい、ということは強調しておく。)
  • 日本でのグローバルなプロダクトやサービスの開発とは: モデレーターの小野さんは登壇者の4人を御すのが大変だったろうと思うが(4人ともとても優秀な人達なので)、見事にリードしておられましたね。まあ、世界中で使ってもらえないようなプロダクトをOSSで作ってもしょうがないので、公開するOSSは全部英語でドキュメント作るべき、とは思う。OSSでなくて、特定のお客さんから日本語で作れという要請があれば、日本語でやればいいけど。あと、会場で時差の話が出ていたが、それについてはこのQiitaの記事に言いたいことは一通り書いているので、ぜひ読んでいただければ嬉しい。
  • アンカンファレンスではこのスライドの通り話をしました。終了後声をかけていただけたのはありがたい限り。

イベント全体はそれなりに良く運営されていたと思うのだけど、1つ苦言を呈するとすれば、会場の音響がメチャクチャで複数のセッションのPAスピーカーからの音が激しく干渉してロクに各セッションの音が聞こえない状態だったのは、とても残念だった。これだと何のためにイベントをやっているのかわからないので、音響の問題は次回はぜひ改善していただきたいと思う。あと、A会場/B会場では、照明の関係で話者の顔が見えないという指摘が知人からあった(その通りだと思う)。

ともあれ、今回は会うべき人達には皆ご挨拶できたし、それなりに楽しめたので、スポンサーシップを提供した意義はあったと思う。来年はぜひ音響面だけは改善してより良いイベントになることを期待したい。

2015年12月30日

2015年を振り返って

気がつけばもう年末になろうとしている。

2015年は昨年から始めた情報セキュリティ関連の翻訳に加え、Webのフロントエンド技術、インターネットへのハードウェア接続技術 (Internet of Things)など、昨年からさらに幅を広げて活動している。詳細は守秘義務があるので控えるが、今後とも仕事として自分でできることは何でもやっていく覚悟で活動している。以下に対外活動の中で主なものを記す。

  • 1月よりErlang/OTPのrandomモジュールを後継する疑似乱数モジュールの開発が始まり、3月にはサンフランシスコのErlang Factoryにて、疑似乱数の高性能化に関する発表を行った。この成果は5月にErlang/OTPバージョン18から取り込まれることとなり、京都大学に勤務していた時から5年越しで続けてきた研究開発の成果を世に送り出すことができた。
  • 技術評論社の雑誌Software DesignにErlang/OTPに関する連載を同誌2015年4月号から12回の予定で続けている。2015年8月号にはElixirの記事も執筆した。
  • 4月に情報処理技術者試験の情報セキュリティスペシャリスト試験を受験。薄氷を踏む思いだったが、6月に無事合格通知をいただく。
  • 昨年12月からのIngressでの活動は、5月上旬にSojournerメダルをもってA11を達成した時点で終了。ならびに関西地区(PA01-ALPHA-00)各地で普段歩かないところを歩いたのはよい人生の経験になった。ただスマホの画面を1台破損したり、自分自身が顔面から倒れて負傷したりと、どんなゲームにもリスクはつきものであることも痛感した。
  • 6月には大阪大学基礎工学部にて5年ぶりに講義を行った。今回のテーマはsustainability、つまり情報環境の持続可能性に関して、さまざまな視点から問題を提起した。講義の内容はGitHubのレポジトリで公開している。
  • 7月から8月にかけて、ARM Cortex-M3ベースのSTM32F103の学習を兼ね、新部裕さんのNeuGの製作実験と追試を行う。この結果STM32 Nucleo Dongle部でのNeuGの実装に成功。FreeBSD用の物理乱数注入ドライバとOS X用の物理乱数取得ツールも開発し、後述のavrhwrngにも応用できる物理乱数の運用環境を整えた。すでにNeuGやavrhwrngは運用レベルでの実験を行っている。
  • 2013年から続いていた東京の実家の取り壊しと改築が8月末に終了。これに伴い9月より東京の拠点を開設。12月には大阪の家とIPsec VPNおよびIPv4/IPv6のグローバル/プライベート接続を行い、ネットワークの実験環境としても利用可能になった。今後はこれまで以上に東京での活動を増やしていくことになるだろう。
  • 11月には情報処理学会第8回インターネットと運用技術シンポジウム(IOTS2015)にて、情報セキュリティを確保する上に不可欠である物理乱数を生成するArduinoのための廉価な(秋葉原の電気街で2千円以下で調達できる)ハードウェアavrhwrngに関する発表を行った。この成果はGitHubのレポジトリにて公開している。この開発に伴い11月にはデジタルオシロスコープを導入した。
  • 12月にはQiitaにてC言語とFreeBSDのアドベントカレンダーを開設し、自らもErlangやElixirなどのカレンダーを含め22件の日本語の記事を投稿した。
  • 昨年12月から運用しているFlightRadar24.comの受信局は、NTT西日本やASAHI-NETの障害による事故はあったものの、順調に動いている。今年はさらに近隣の受信局と協力してMLATによる位置推定も行われている。KIX/ITM/UKBあるいは関西/伊丹/神戸各空港の混雑した大阪湾近郊の空域の状況通知には十分寄与できているようだ。

一方、昨年同様、多くのものを捨てなければならなかったのもまた事実である。これもいくつか列挙していこう。

  • アマチュア無線の活動のうち、従来の短波交信に関するものは、記録の整理を除いては新規には行っていない。今年は全く新規交信のない1年となることがほぼ確実である。
  • 物理メディアからの脱却を図っている。CDとDVD以外の音楽メディアや過去の活動に関する書類は必要最低限に限り封印して保管することとし、技術系の紙の図書は大部分を売却した。今後も情報のmedia consolidationは続けていくことになるだろう。
  • 自分の技術系情報の公開場所はGitHubと日本語ではQiitaに集約しつつある。技術情報の配布については、このblogが使われることはもうなくなるだろう。記録としては残していくし、今後状況が変わったらまたこの場所を使うことは大いにあり得るが。
  • Twitterでの議論は昨今の社会状況を鑑みる限り(ごく専門的な技術的事項を除いて)事実上不可能になったと判断し、SNSの付き合いの大半はFacebookに移した。Facebookは知人あるいは業務上連絡を取る必要がある場合のみの運用としている。
  • 生活は引き続き厳しい。事業開始2年目であり当然ともいえるが、引き続き業務に直接つながらない出費については緊縮財政に努めている。

2016年のことはもう想像もつかない。昨日を終えて今日を生きていられることは必然ではなく奇跡なのだと思って、日々の生活と業務に精励するしかないだろうという覚悟で2016年も活動していく所存である。