ラベル English の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル English の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2017年2月26日

一体私は何者か: 複数言語を扱う苦悩(2016年9月)

以下は、昨年2016年の9月24日に書いた文章である。この月はスウェーデンのストックホルムに行き、月の後半には奈良で ACM Erlang Workshop 2016に参加したりしていた。ストックホルムの紀行文はいずれ書きたいと思うが、まずはこの雑文を記しておく。


今月(注: 2016年9月)はとても忙しい月である。妻の白内障手術のフォローとか、東京拠点のメンテナンスとか、仕事の作業とか。しかもまだやるべきことが終わっていない。だから月末まで走り続けなければいけない。しかし、昨日JR奈良駅近くから近鉄奈良駅まで急いで7kgの荷物付きで歩いたりなど、奈良市内で5kmは歩いたので、右膝が死んだ。Erlang/Elixir界隈のスーパーな若者に「膝」を名乗る人がいるのだが、彼のことを思い出した。

今月は徹底的に人間的に「自分は何者か」を考えさせられた。基本的に日本語と英語の脳は別にできていて、別の人格が出てくるので(もちろん統合はしている)、両方をフル活動させないといけないときは、とても疲れる。具体的には、Erlangのことでストックホルムに行って発表した後、さる方の御自宅にて歓待していただいたときとか、昨日奈良に行ってErlang Workshopの後の宴会のアレンジで注文他の通訳者をやったとか(幸い日本通の米語母語話者が2名強力に説明してくれたので私は補助的役割で済んだのだけど)、そんな時はふだんの10倍ぐらい疲れる。

そして宴会が終わった後、「自分はいったい何だったんだろう、ひどい英語しゃべって、ひどい日本語しかできなくて、とんでもないよねえ」という徒労感にいつも襲われるのである。

帰国者として日本社会の構成員の大多数(特に出国経験のない人達)から非国民扱いされるのはもう慣れたし、そのことは普遍的であろう人権の理念に立てばまだ申し開きようもあるだろう。でも複数言語を同時に使うことによる苦痛、そしてさらにその先に自分自身であることを要求されることの苦難に耐え抜かなければならないことは、誰に申し立てようもなく、自分で背負うしかない。とても悲しい。年々酷くなっていく米語の滑舌と、悪くなっていく頭の反応速度。自分の理解が進んだせいで自分の欠点がわかるようになったということもあるが、加齢はきつい。いつ死んでもおかしくない。

そんな泣き言を言いつつも、仕事と生活は続く。終わらない。成果を出さねば。成果のための環境整備をせねば。そんな気分で最近はいつも寝ている。明日のことを考えなくて済む人達をうらやましく思いつつ。そんな人達はいないのかもしれないが。

2011年3月29日

IT技術者は英語で何をすればいいのか

(新卒準備カレンダー2011春  http://atnd.org/events/13324  向けのエントリーです.)

英語の話は,客観的には書けない.自分の意思と関係なく9歳から10歳まで渡米していたこともあって,1日の最低でも1割ぐらいの時間は,英語で考えている.でも,こんな人間は,日本の日本語社会の中ではマイノリティそのものらしい.自分が新卒だったころ,つまり20年前の1990年ごろにはそのことに憤ったり,悲しんでいたりしたけど,もう今は怒ったり悲しんだりしてどうにかなるものではないことはよくわかった.それに,自分にとってのフランス語や韓国語でのコミュニケーションの難しさから,話は想像がつくようになったからだ.人生の早い時期に英語を学習できなかった人達にとっては,英語は大変な苦痛を伴うものらしい.その怨念や恨みつらみが,英語およびその他の外国語話者に日本では向けられることは,よくわかった.でも,そんな非生産的なことをこれ以上ここで書いても仕方がないので,やめておく.

ただ,ここで書いておかなければならないこととして,英語は少なくともずっとITの世界では共通言語であり続けたし,今後変わっていく可能性はあるとはいえ,そうでなくなる可能性はないだろうということは確実にいえると思う.細かい考え方は,2001年に書いた駄文で示したことと何も変わってはいない.9-11後米国の力は弱くなったとはいえ,ITのトレンドはすべて米国から出ているし,彼等の先行者特権はいささかも揺らいでいないからだ.米国ドルが国際通貨であり続けているように,英語は今後も力を持ち続けるだろう.日本の国情を考えれば,日本人が英語嫌いでいられる余裕なんか,本来はこれっぽっちもないはずなのだ.

では,英語を母語としない私達は,何をすればいいのか.
一言でいえば,英語を使って仕事をできるようにする,ということだろうと思う.仕事の相手に日本語が通じるとはいえない状況が今後は一般的になり得るからだ.もちろん,カジュアルな英会話ができないよりはできたほうがいいが,それよりもまずは仕事,である.

最低限必要なことは,歴史的に日本の先達がやってきたように,英語を通じて業務知識を学ぶ習慣をつけることだと思う.実際にさわっているアプリケーションやプログラミング言語のほとんどは,英語環境を前提として動作させるのが一番トラブルが少ないのは,IT業界で働いてみるとすぐわかるはずだ.LinuxやFreeBSDならば,localeなし(環境変数LANGが未定義)の状態でshellを走らせてみるといい.日本語は出てこなくなる.Windowsのアプリケーションなら,設定言語を英語あるいはEnglishにしてみよう.その時点で表示される内容が,実は世界共通の議論をするための土台だったりする.一般に,英語以外の言語に対応させるための仕組みは,OSにとっては拡張機能に属するものであり,基本機能ではないからだ.

次にできることは,英語で書かれたWebページやメーリングリストの内容を読み込んでみることだと思う.別に読むだけなら怖がることはないし,最近は書いている人達の大多数が英語を母語としない人達だったりする.これは言わば試合参加者の大半がホームグラウンドでない場所でバトルロワイヤルを繰り広げている状態で,その分英語そのものは俗語を使うことが少なくなって,より誰でも分かりやすいものになっている.
個人的には21世紀になってからこの傾向はどんどん加速しているような気がする.具体的にいえば,開発者の属する地域が,英語圏(米国/英国/カナダ/オーストラリア/ニュージーランド)中心だった時代から,北欧/西欧に広がり,そして東欧やCJK(中国(台湾を含む)/日本/韓国),ロシア,南米,その他の国々や地域に広がってきているからだと思っている.
Erlangに関していえば,http://www.erlang.org/faq.htmlに載っているメーリングリストがまさにこの状況といえるだろう.

そして最後は,英語で作業をしてみることに挑戦するのが,いいのではないか,と思う.仕事でこういう機会がなくても,今ならばお手本となるオープンソースのプロジェクトが,たくさんある.GitHubでおもしろそうなプロジェクトを探して,git commitした時のコメントをソースコードと比べながら読み込んでみるのもいいかもしれない.
各プロジェクトのドキュメントをメモを取りながら読むのも良いし.英語から日本語への翻訳をしてみることを通じて練習を積むのも良い方法だろう.こうすることで,徐々に日本語に翻訳されたものに頼らなくても仕事ができるようになっていくと思う.

ひとつこぼれ話を書いておくと,Erlang/OTPのソースコードやドキュメントを読んでいると,およそ英語ではあり得ない表現がいっぱい出てきて,解読に時間がかかることがある.これは,おそらくドキュメントを書いている人達が,英語の母語話者ではないことが原因だろう.彼等の多くは(想像にすぎないが)スウェーデンやフィンランドなどの言葉が母語で,それらの言語の表現が英語にそのまま置き換えられただけであろうと思われる表現が,多く残っているように思う.これは,英語では他の欧州の言葉と時制や助動詞の使い方が著しく異っていることが理由の1つだと思う.だからそういう分かりにくさには早めに慣れておいたほうがいいかもしれない.命令や指示に関する助動詞の使い方に関しては,RFC2119が参考になる.

インターネットとテレワークが変える出会いの意味

(新卒準備カレンダー2011 http://atnd.org/events/13324 の関連エントリです.)


お前誰よ?

自分自身はコンピュータ屋であり,技術屋であり,その延長上に研究者稼業があると思っています.

詳しいプロファイルは別にページがあるのでそちらを見てください.ここでは職歴について述べます.

私は1990年に大学の修士を出てコンピュータ屋の仕事に就きました.この4月から22年目に入ります.やってきたことはOSライブラリの開発に始まり,今ならインフラエンジニアの仕事であろう職場内ネットワークの設計や構築,そして管理と運用で2000年末までは過ごしてきました.2001年より縁あってコンピュータ・ネットワーク全般の学術研究に近い仕事をするようになり,2005年に社会人として博士号を取ってからは国の研究機関で本格的な研究者としての道を進みました.

そして昨年2010年より,大学で職場内の情報セキュリティレベルをどうやって高めていくかという課題に取り組んでいます.現職の肩書は教授となっていますが, 仕事の大半は他の教職員の方々と連携して問題解決を迅速に行うことであり,学生の教育はしていません.とはいえ,教員として採用されていますので,教授としての知識やプレゼンテーション能力,交渉能力は常に求められますし,業務の傍ら研究も人に恥じないだけの成果を上げることが要求されています.

お金の面を考えれば,自分のプロジェクトに関する予算管理や予算獲得もしなければなりません.ある先輩の教授が自らを「個人商店」と称しておられましたが, お金の面でそれに似たところが確かにあります.その結果として,一定のルール の範囲内で予算使用の裁量権をいただいて必要な物を買ったり,自分だけで難しいことは外部の業者の方々に仕事を請け負ってもらうこともします.もっとも,学生教育を担当しない私には現在学生は配属されないので,結局は1人で切り盛りしていますが(笑).

なんで研究者なんかやってるの? 企業で働いたほうが儲かるんじゃないの?

これは家業(笑)だから,好きだから,あとは時間の制約が緩いから,という3つの理由が主なものです.

個人的な感覚でいえば,研究者という職業は半ば家業に近いものがあります.研究稼業に関する感覚は,子供のころから身に付いていました.父と母の兄(伯父)が地球物理学の研究者で,妻がドイツ語教育実践に関する研究者であることもあり,大学での仕事を見ることは常に生活の一部でした.父が家で作図をしているときにグラフの描き方を教わったり,対数表の見方を教わったりしたものです. 前述の通り結婚してからしばらくの間は私は会社員でしたが,それでも妻の事務作業の手伝いをすることはしばしばありました.

仮に人生の主たる目標がお金を稼ぐことだったとしたら,今のような仕事はしていなかったでしょう.人より多くお金を稼ぐことは,自分の身体を磨り減らさずにはできません.そういう意味ですべての営利組織は流行り言葉でいえば「ブラック」です.大学も例外ではありません.教授という立場では大学の各種事業に対し一定の経営責任を持つことになりますから,自分の時間に優先して意思決定をしなければならないことが多々あります.ある程度「ブラック」なことを受け入れない限り,何も新しいことは成し遂げられないし,既存事業の維持すらできないのが現実です.これは社会人,いや大人の1つの義務だと思います.

研究者とテレワークの不可分性

その場にいなくても仕事をすることを「テレワーク」と言います.テレワークはコンピュータの登場以前からあった考え方ですが,インターネット時代の今,研究者という仕事と,テレワークは,ますます不可分になっていると思います.

私が研究者の道を選んだのは,被雇用者でありながら,自分の労働時間と場所を比較的自由にできる,という利点があったからでもあります.日本に限らず,現在の労働の制度は,基本的に「現場に出勤して一定期間の間存在すること」を強制します.これは製造業や農業,サービス業などモノを扱う仕事では不可避ですが,コンピュータやネットワークの利用が進んでいる今,IT産業に従事する人達の多くにはこの拘束を適用する必要はないと私は考えています.特に,情報科学/情報工学の研究者は,テレワーク環境を社会全体に積極的に作っていかなければならない立場にあるべきだとも私は考えています.

もっとも,技術的にはすでにテレワークは誰でも可能な状態になっていますし,そんなに特殊な設備が必要というものでもありません.今はむしろ労働環境と社会風土の問題として改善していくことが必要でしょう.その意味で2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震に始まる一連の災害は,通勤による社会全体の損失を抜本的に考え直す機会になるかもしれません.

(もちろん,2011年3月末での当面の課題は,第一に人命の救助,次に如何に破壊された土地や建造物,社会コミュニティを立て直していくか, そして東京近郊一帯が抱える構造的電力不足をどうやって乗り切るかということであり,テレワークはあくまでそれらの復興のための道具以上にはなり得ないのですが.)

私は現実に健康問題を長期間抱えていることもあり,最初の職場を精神的にも肉体的にも続けられなくなって辞めた後は,基本的にはテレワークを前提として仕事を行えるシステムの構築技術や手法,ノウハウの蓄積とその実践に勤めました.結果としてそのことは,現在の仮想化,クラウドコンピューティング,分散環境や非同期I/O,並行処理や並列処理といった複雑な問題を,より大局的な見地から俯瞰する機会を与えてくれたといえます.災い転じて福となす,といったところでしょうか(笑).

テレワークの時代になぜ人に会いに行くのか

この文章の大半は米国サンフランシスコ近郊で開かれていた国際会議から日本に 戻る飛行機の中で書いています.通勤や出張は人やその移動用の支援物資を動かさないといけないですから,その意味では大変なコストがかかります.ですから遠隔地の日常業務はテレワークで行うことが必然的に増えています.国際会議の投稿管理システムも今はインターネット上の情報だけで問題なくできるようになり ました.実際に今回の国際会議で会った人達の内何人かとは,日常的にメールを交わしています.

では,なぜそれでも人に会いに行くのか.それは会わないとわからないことがたくさんあるからです.ある人が仕事,あるいは生活のパートナーとして信用できるかどうかは,その人の立ち振る舞いを見てみないとわからないことが多いのです.食事の時のしぐさ,あいさつの時の視線,言葉の明瞭さ,外向的か内向的か,などなど,意識しない内に人間は他人を評価しているものです.そしてまた,自分も評価の対象となっていることを意識しなければなりません.

ある物事が進んでいるコミュニティ,マーケット,あるいは「場」には,必ずその場特有の雰囲気があります.それを知らないでその場に参加することは,実質的にはほとんど不可能です.そしてその雰囲気を知ることで,自分がその場で共有される知識や共同で行う作業に対してより積極的にかかわることができるようになります.ここ数年のIT関連の勉強会ブームもこの流れの一端といえるでしょう.この流れを全世界に拡大すれば,それは必然的に国際会議開催の動機となり得ます.国際的な勉強会というと大げさですが,お金と参加者の都合さえつけば不可能ではありません.

もっと外に出なければならないのになぜ皆出ないのか

今の日本にある構造的問題の1つは,国際会議への参加について,あまりにも経費の上での制限が多いことです.費用を出す側に国際会議の意義に関する理解が足りないということもあるでしょう.未だに海外出張を遊びの延長として捉えている人達が大多数であるのは嘆かわしいことです.無駄なルールが多すぎるのも気になります.経費節減の折,国内出張にも制約が入りつつあります.悲しいことです.

しかし,本来資源のない日本は,国際交流の中で付加価値を売ることで,現在の繁栄を築いてきたはずです.既存の制度が使いにくいからといって,日本から海外に出ない,というのは自らの首を閉めるようなものでしょう.人生の早い時期で海外での仕事の体験をすることは,その後国際的な仕事を進める上で不可欠なものとなります.もちろんこれは海外対国内といった図式に限らず,国内でもさまざまな地域で仕事をしたり,いろいろな会社や組織相手に仕事をすることで得られる経験ではありますが,英語を始めとした日本語以外で仕事をする経験は,なかなか国内では得られないという事実は心得ておくべきでしょう.

もし海外に出ることができる機会があるなら,できるだけ早く,出ていってみて見聞を広めることを強くお勧めします.

インターネットは世界の出会いを広げその定義を変えていっている

インターネットによって人々が家に引き籠ってしまったという仮説があります. しかし,社会的なひきこもりの問題は,実はインターネット以前から続いている問題であり,むしろ社会問題として扱われるべきでしょう.

私個人は,むしろインターネットにより世界や国内の見聞を広めることができ,そして足を運んでみようと思う地域が増えました.かつては国や地域がそれぞれ固有のイデオロギーで対立していましたし,今もそのような対立が理由の紛争は続いていますが,それと同時に以下に述べる考え方もできるようになったと思っています.

  • 世界のどの国や地域にも,自分と考えが合う人達と,合わない人達がいる
  • 自分にとって「イヤな奴」になるか「友達」になるかは,相手の出身地域や国には必ずしも規定されない
  • それぞれの国や地域のイデオロギーに染まる人達には,それぞれの理由があり,それは社会的な問題だけでなく,むしろ経済的な問題が支配していることが多い
  • 世界のコンピュータ屋の使っている技術は,おそろしく共通化されている(笑)

今や世界の各地域の問題は,全世界に影響を与えます.日本の災害により,世界の各産業が影響を受けています.そしてアラブ地域の政情が変われば,日本にとって不可欠な原油の値段が高騰します.

既存の社会の仕組みについて,我々自身が深い知識を得たうえで,どれだけそれらを相対化して客観的に判断することができるかが,今後の社会のあり方を決定する上で重要不可欠なことになってくるでしょう.

あなたの友達は,隣の人かもしれませんし,地球の反対側の人かもしれません. それとも同じ国でも違う地域の人かもしれません. そういう前提を忘れずに,広い心で仕事を学び,社会人として我々と共により良い社会を作っていきましょう.

ようこそ,コンピュータ技術者の世界へ.

2011年2月27日

早期バイリンガルであることの強みと苦労とは

問: 早期バイリンガルであることの強みと苦労とは? 二つの言語間の関係は影響するのか?
What are the advantages and disadvantages of early bilingualism? Does the relationship between the two language matter?
http://www.quora.com/What-are-the-advantages-and-disadvantages-of-early-bilingualism-Does-the-relationship-between-the-two-language-matter

Quoraに書いてあったので答えてみた.日本語でも書いてみる.

私にとっては,日本語と英語って言語的に一緒のところはほとんどない.だから9~10歳のころにバイリンガルになったってことは人格形成におそらく間違いなく影響していると思う.もう30年以上そんな人生を続けているから,まるで言葉ごとに2つの別の人格に分かれているような気がするし,あるいは二つの言語の社会ごとに自分の立ち振舞いを変えなきゃいけないように感じている.

未だに私は両方の言葉の違いが原因でたくさん文法間違いをおかしている.たとえば,英語の文法要素で,単数/複数,動詞の活用,時制,冠詞,そして前置詞というのは,日本語にはほぼ存在しない.だから文章を何度も校正するときは,すごく集中する必要がある.自分の間違いの直し方は知っているけど,正しく話したり書いたりしようとするのをよく忘れてしまう.

その一方で,日本語では明示的に文の主語を著さない.日本語の動詞や形容詞はそれらが表す行動をしている人を通常は暗に含んでいるからだ.だから英語から日本語に文字通りに訳すのは文章を冗長にするし,余計なことばかり書いてあって,しばしば一般の人にはとても理解しがたいものにしてしまう.

個人的には文化的な違いも重要な役割を果たしていると思う.日本語を話すときは,失礼でないように,攻撃的でなく,決めつけないようにしなければいけないし,他人の意見に直接反論してはいけない.日本の人達,そしてアジアの韓国や中国の人達は,彼等の意見が直接会話で否定されることに対してはすぐに立腹する.なぜなら彼等の多くはその意見の否定を個人的な侮辱だと受け取るからだ.だからそのことを私は注意するようにしている.

もっともその一方で,日本人の礼儀正しさ,あるいは同意できないときにもそれを直接表現しないことは私には非常に不誠実な態度に見える.たとえそのことが一般的には私を感情的に傷つけることを避けて顔を立てるための行為だとわかってはいても.

これも最近気がついたことだけど,話す主題や話題によって,言語の選択は強く影響を受けると思う.コンピュータのことを私が語る時は,英語の方がずっと楽に感じることがしばしばある.単語の多くは英語で学んでいるし,最近台頭してきた技術については特にそうだ.その一方で,電子回路や,無線技術,物理,電気通信などの話をするときは,日本語で最初に勉強したことが理由で,日本語が最初に浮かんでくることが多い.バイリンガルあるいは多言語で技術的な話題について述べるための能力を維持するには,話したり書いたりするそれぞれの言語で大量の語彙を維持する必要がある.

そんなことを考えつつ,私は10歳の時に日本に帰ってきてから30年以上の間ひとりぼっちでここまで述べてきたような困難と戦ってきた.もし早くからバイリンガリズムの専門家に相談することができていたら,こんなに長い時間をかけてこの問題に向かいあわなければならなくなることもなかったと思う.(私の両親はバイリンガルではなく,もちろんこの問題について彼等に落ち度はない.)

この話題も,私にとっては言語の「並行処理」の問題であり,いまだに解決できない「混沌」とした自分の意識世界の話である.そういう意味では「並行と混沌」の話なのだ.

2009年1月27日

他国から攻め入られて滅びるような言語は,その程度でしかない

数ヶ月前に「日本語が亡びるとき」という本(以下「この本」とする)が話題になっていた.私は立ち読みはしたが,買って読んでいない.だから細かい書評は書かない.ただこのタイトルだけはどうしても気になる.

結論から言えば,日本語はそう簡単には亡びはしない.その意味でこの本のタイトルは間違っている.日本語の話者はどんなに少なく見積っても1億人以上はいる.そもそも日本の人口はもっと多いはずだし,高齢化で減ったとしても数千万は維持されるだろう.世界には話者が数万,あるいは数千人以下しかいないため危機に瀕している言語が無数にある.それらに比べたら,日本語はその話者の大半が日本の領土内に限定されているとはいえ,確固たる社会基盤の上に成立している堂々たる言語である.文法や正書法の透明性の面では英語やフランス語などのより広範に普及している言語に劣るとはいえ,日本語を母語としない人達の間にも日本語教育が広がっている現状を考えれば,亡ぶなどということは考えるべきではないだろう.言い換えれば,仮に他国から攻め入られて滅びるような言語は,その程度でしかない.

本来,この本の話は,完全に無視すべきなのだろうと思う.私自身は,「文学」という表現が好きではない.そもそも文章表現は主観的な感情に基づくものであり,「文芸」なら理解できるが,文学が工学や医学と同様の立場で,学問であるとは思えない.そして,言語が「美しい」必要もないと思っている.言語はそもそもコミュニケーションの道具であり,通じない言語に,いくら美しさを求めても無駄であろうと思う.美しさは主観的なものであり,他人に押しつけられるものではない.今世界が求めるのは「美しい日本語」よりも,母語でない人達も理解できるように体系づけられた「通じる日本語」であるべきだろう.その意味で,この本の主張は理解しがたい.

ただし,tatemura氏によるこの書評が信頼できる解釈を語っているとするならば,私は同じ状況にあって全然別の考え方に至っているということだけは書いておくべきだろう.以下は個人的雑感である.

多くの子供達にとって,親に連れられて他の国や地域に行くことは決して珍しくない.「転校生いじめ」は日本に限らず物語の格好の題材である.私も9才の時に渡米し,10才の時に日本に戻ってきた帰国者である.転校生いじめとは無縁ではない.帰国者の子供達に対し,ちょうど私が帰国したころ,帰国子女,という言い方が流行り始めたが,私にはこの言葉は差別の道具にしか見えない.だから引用以外では使わない.

ただ,日本に戻ってきた時に直感したのは,小学校における中間集団全体主義と強制同期社会主義の蔓延であった.日本の学校は,楽しくなかったのである.その後中学や高校は多少自由な学校に入ったものの,そこでも普通の英語を話せばフルボッコにされるという,およそ理不尽な状況に直面した.今ならインターネットで英語圈の情報は音声も文字もすぐに手に入るが,1970年代後半から1980年代前半にはそんな自由はなく,英語の本を入手することさえ難しかった.

その時幸運だったのは,東京にいたおかげで,アメリカ軍の放送(810kHzのFEN,現在はAFN)だけは毎日ふんだんに聞けたことである.あれがなかったら,今の自分はなかったかもしれない.そしてラジオではアメリカン/ブリティッシュ・ポップスがたくさん放送されていた.今のラジオがJ-POPだらけなのとは大違いである.別にJ-POPが悪いとは言わないが,音楽マーケティングが明らかに偏って内向きになっているのは否定できない.ともあれ,当時は,放送に使われている表現,そして歌の発音,歌詞,すべて徹底的に繰り返し,自分の身に付けるべく努力した.周囲に英語の雑談をする人はいなかったし,1985年に国際パソコン通信を始めるまでこの封鎖状況は続いたが,その時に徹底した訓練を行ったことは今の自分の仕事,そして趣味と人生の上で大きな力になったと思う.

そしてもうひとつ幸運だったとすれば,自分が興味を持った電子工作の世界では,米国の部品が主流だったことである.TIやモトローラ,NSのデータシートは翻訳されず再出版されていたので,格好の英語の勉強道具となった.一部のデータシートは請求すれば無料でもらえた.おかげで absolute maximum rating (絶対最大定格) など,およそ小学生は知らなくて良さそうな表現を多数覚えることができた.その後パソコンの世界では,まさにデータシートもマニュアルも全部英語で書かれていたので,原典にあたる習慣がついた.以後の話は長くなるので省略する.

要するに,自分のもともとの環境に対して異なる環境にさらされた時に,その経験を生かせるような道に進むか,それとも閉じ込もって否定された「それまでの自分」に執着しつづけるか,という違いが,この本の著者と私との間の認識の相違であろうと思う.

もちろん,これだけの文化的な相違を理解する過程では,私の人格はボロボロにされた.だから私は日本人の多くを「日本人なんだから自分の隣人である」とは理解できずにいる.彼等の他人に対する批判を言わない,自分の意思を表現せずあいまいにする行為の大半は,私には単なる嘘にしか見えない.その意味では,帰国者の苦しみをわかるのは,海外で生き抜こうと母語を使わずに闘った在外体験のある人達,親の出身国あるいは地域が自分のそれと異なるため複数の言語で生活をしなければならない人達,そして母語を捨てても社会的地位の向上のために適応しようとする移民の人達,ぐらいしかいないだろうと思う.

しかし,個人的な感情を抜きにしても,言語的鎖国が日本にとって,また他の国々にとって,良いものは一切もたらさないのが現在のインターネット社会での大原則である.あらゆる鎖国的行為は,インターネットによる開国が前提である社会では,いくらタテマエでは規則であっても,ホンネの世界では骨抜きにされるからだ.(2011年1月注: チュニジアやエジプトで起こった政変は,期せずしてタテマエの規則がホンネの力によって崩壊するという現実を見せつけた.)ましてや悪しき鎖国主義が台頭しようとしている現在の日本で,「日本語が亡びるとき」などというタイトルをつけて本を出すことは,ポピュリズムにおもねて売り上げを伸ばそうという行為以外の何物でもないだろう.

前述のtatemura氏による書評は読むに値するだろうし,彼の言う「小説」としてこの本を解釈するならば,それは妥当かもしれないと思う.しかし,仮にそうであったとしても,この本の著者には私は共感することはないだろう.

日本語が滅びるような事態を招かないために必要なのは,決して「日本近代文学」なるものではなく,日本語がより普遍性のある言語としてその文法と正書法を確立すると同時に,その話者の大半を占める日本社会に住む人達が日本語を意味あるものとして証明し続けることであろうと思う.それは現在の「国語教育」の延長線上には決して存在することはない.日本社会の構成員が日本語を「国語」でなく,「日本語」として客観的に見られるような状況,そしてそのような人達をより積極的に迎え入れる開国を徹底して続けること以外に,ないのである.

その開国の結果,日本語が失くなってしまったとしたら,日本語はその程度の言語だったということであろう.そんなことは起こらないだろうと,私は信じている.仮に起こってしまったとしたら,それはそれで受け入れるべきであろうとも思う.その責任は,私を含めて日本語話者全員にある.

(初出: はてなダイヤリーより,一部編集済み)

2008年7月8日

日本で英語嫌いが許されない理由

以下,知っている人には当然のことを繰り返しているだけに過ぎないのだけど,「英語嫌い」といっている若い人達のために,書いておくね.

英語嫌いの背後には,私には排外主義が見える.誰だって,自分がどのように行動するかを決める権利を,他人に奪われたくはない.この恐怖が社会的なものになると,それは排外主義に変化する.しかし,排外主義の先に,幸せな未来はない.これは世界の歴史が証明している.

基本的に日本社会には「攘夷」つまり「外人お断り」という抜きがたい圧力がある.明治時代以前はそれで済んできたわけだけど,この21世紀に未だにそんなことをやっているのは,個人的にはお笑い以外の何物でもない.日本社会は他の国や地域の人達に支えられて,どうにか現状を維持できているのであって,そのことを無視すれば,大変なことになる.

残念ながら,排外主義をやっていられるほどの国力の余裕は,日本社会にはない.そもそも日本にはモノの資源はないのだ.だから鎖国すれば,皆飢えて死ぬのである.鎖国の結果がどうなるかは,国連から経済制裁を食っている地域の惨状を見てみたらいい.満足に医療器具や医薬品も買えなければ,もちろん最新の技術に付いていくこともできなくなる.

そして日本は,戦後はひたすら通商と加工貿易で稼いできた.つまり,ヒトの力で,泥のように働いて信用を築き,その信用の上で日本にないモノを手に入れて,今の社会を築いてきたのである.黙っていて他人がモノを売ってくれるわけではない.相手を説得できなければ,モノの売り買いはできない.

そして信頼関係はモノだけでは築けない.言葉のやり取りが最低限必要なのだ.日本語なんて,世界の勢力からしたら,辺境の特殊言語でしかない.これを不公平と言ったところで,現実に国連の公用語は,英語,フランス語,スペイン語,ロシア語,アラビア語,そして中国語の6つしかない.なぜドイツ語や日本語がないのかは,国際連合成立の歴史を調べてみたらわかるだろう.

自分の言葉が辺境の特殊言語,つまり自分の国や地域以外で通じない言語であることを知っている人達は,いち早くより通用度の高い言語を学んで,自分の社会を出なければならない時の危機に備えている.たまたまその1つが英語に過ぎない.たとえばフィンランドの人達の多くは英語を話すし,シンガポールでは植民地の歴史を引きずっていてもあえてどの民族の言葉でもない英語を共通語にしたという歴史がある.彼等は日本同様,資源のない国々であり,自らの言葉にこだわっていたらいつ経済的に窮地に追い込まれるかをよく知っている.

言い換えれば,日本はたまたま今満足に食べることのできる社会であるがために,日本語以外を満足に学ぶ機会が奪われているのかもしれない.そして,たまたま翻訳で勉強するという癖がついてしまっている人達が多いがために,知識の伝播にどうしても無視できない時間差が発生してしまっている.今はそれでいいかもしれないが,10年後,20年後にそれで済むかどうかはわからないのだ.

この閉塞した状況の中で,日本社会の中で抜きんでた存在になりたいのであれば,何らかの他の言葉は学んでおいて損はないだろう.そして,多くの技術情報は,すべからく英語で交換されているという事実も受け入れるべきだろうと思う.そして,自分の体は日本にあっても,日本国外からカネを取って来なければならない事態が個人レベルでも発生するだろう.その時に,国外に出ないで閉じ込もっていられるとは,思わないほうがいい.

(初出: はてなダイヤリーのハチロクグループより)